横浜地方裁判所 昭和40年(ワ)768号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕被告は自己及び息子高橋秀行が事業の中心となり従業員四、五名を雇い、トラツク二台(大型と小型各一台)、乗用車一台を使つて「高橋製材所」なる商号の下に製材業を営むものであるが、田中岩夫は昭和三八年一一月下旬頃から被告方に製材工として雇われ、被告方事務所のある建物に住み込み、製材所の雑役に主として従事していたが、前記自動車を被告の息子秀行が営業上運転する際その助手席に同乗して材木の積み下ろしをしたり、又朝晩など運転者が居ない折々に、工場内で自動車を前後に移動させるため運転したこともあり、被告は田中岩夫が助手席に同乗することや、工場中で自動車を動かすことを知つていたこと、本件事故の当日、被告は同業者の会合のため熱海に出掛けて不在のところ、田中岩夫は、同日午後一〇時頃、在宅中の被告の妻及び息子らに無断でドライブに出かけるため、被告車を運転して進行中本件事故をひき起したこと、当時被告方では、自動車は鍵のある車庫には格納せず、自動車のキーは、事務所内の施錠のない机の引き出しに入れてあつたが、同事務所の出入口にも鍵がかかつていないので、同事務所のある建物に住込中の田中岩夫がキーを無断で持ち出そうと思えば容易にこれを持ち出すことができるような保管状態にあつたことを認めることができる。
右事実によると、被告は製材業を営み、その事業の執行として日常被告車による木材運搬が行なわれていたものであり、本件事故は被告の被用者たる田中岩夫が被告に無断で私用に被告車を運転中ひき起こしたものであるけれども、田中岩夫は被告車に日頃助手として乗車して居り、かつ、田中岩夫がみずから被告車を運転しようと決意すれば、車両もキーもともに容易に持ち出しうる保管状況にあつたものである以上、本件事故による損害発生は、客観的にみて被告の支配領域内にあり、その事業の執行に付いて生じたものというべきである。けだし、被告は日常被告車による木材の運搬により事業上相応の利益をあげ、田中岩夫をその事業に使用しながら、被告車の管理及び被用者の監督に充分に力を尽さず(ここにともすれば他人に損害を与える危険性の芽生えがみられる)。一旦その車両により事故が発生した後は、たまたまその具体的運行を自己が承認していないからといつて、右事故は自己事業の執行につき何らの関係がなく生じたものであるということはとうてい許されず、むしろ前記のような(危険をはらむ)被告車の運行により利益を得ていた被告が、本件事故により生じた損害の賠償義務を負うと解することが、民法第七一五条の法意に適合するものといわなければならない。
<中略>
(三) 慰藉料
原告は本件追突事故の結果、その後自動車の運転につき常に恐怖感がつきまとい、又原告車の使用不能により営業上支障を生じたからこれら精神的苦痛は慰藉料の支払によつて償われるべきであると主張するので考察する。
本件衝突事故の結果、原告みずからが身体傷害を受けたことは主張立証がなく、本件事故はいわゆる人身事故を伴わない単なる物件事故であり、かかる事故に基因する損害は、一般的にいわゆる財産上の損害を根幹とするものであつて、財産上の損害が賠償されれば特段の事情のない限り右事故に基因する精神的損害も回復されると解するを相当とする。本件において、原告車の使用不能により原告が精神上の苦痛を蒙つたとしても、かような損害は通常原告車の使用不能によつて蒙つた得べかりし利益の喪失に基く損害(物的損害)の賠償により通常償われるべき損害であり、右のような物的損害の請求をしないでただちに慰藉料の請求をすることは、特段の事情のない限り許されないところ、右特段の事情の存することにつき何ら主張立証のない本件においては原告の慰藉料請求は、これを認めることができない。原告はまた本件衝突事故後、自動車運転につき恐怖感を抱くに至つたのでこれを理由として慰藉料請求をする旨主張しているともみられるが、物的損害の外に右のような精神上の損害賠償を求めるべき特段の事情が明らかでないばかりか、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件衝突事故の翌日から昭和四〇年五月一六日までは原告の経営する会社の社員から同人の個人所有に係る自動車を借り受けて同車を原告の営業上の目的で使用し、同日以降は原告が新車を購入して営業上の目的に右新車を使用運行していたものであるが、その間自動車運転につき特に恐怖感がつきまとつて社会生活上何らかの支障を生じたことは全くなかつたことが認められるのであつて、この点からするも原告の本件慰藉料請求は失当である。(柳沢千昭)